凌霜第409号 2016年04月01日

ryo409.jpg凌霜四〇九号目次

◆巻頭エッセー 科学技術イノベーション研究科の

         アントレプレナーシップ教育と実践            忽 那 憲 治 

◆母校通信                       藤 田 誠 一

◆六甲台だより                     鈴 木 一 水

◆本部事務局だより             一般社団法人 凌霜会事務局

 平成28年度正会員会費納入のお願い/事務局への寄附者ご芳名/

 代議員当選人のお知らせ/米寿のお祝い

◆(公財)六甲台後援会だより(44) (公財)神戸大学六甲台後援会事務局

◆凌霜俳壇  古典和歌

◆大学文書史料室から(18)               野 邑 理栄子

◆学園の窓

 経営学研究教育のフロントランナーとして        鈴 木 一 水

 経済経営研究所創立100周年             上 東 貴 志

 新たな経済秩序構想を求めて              永 合 位 行

 法学研究科の4つの課題                中 川 丈 久

◆表紙のことば 湖北の春                松 村 琭 郎

◆六甲台就職情報センター NOW ―思いを究める―            浅 田 恭 正

◆学生の活動から 第65回三商ゼミ発表会              大須賀 香 代

◆リレー・随想ひろば

姫路分校の思い出                   都   良 世

 足立ゼミ1期生の思い出                籠 谷 修 司

 Warm heart Cool head               嶋 田 麻 以

 条例にまつわるエトセトラ               仁 木   眸

 総務部で働くということ                伊 藤 咲 織

◆本と凌霜人 「小説 邪馬台国二代目女王台与」      宮 本 靖 彦

◆追悼 宮脇靖雄君(昭32営)への最後のメール            柳 下 健 二

◆物故会員

◆国内支部連絡先

◆編集後記                       鈴 木 一 水

<抜粋記事>

◆巻頭エッセー

「科学技術イノベーション研究科の

         アントレプレナーシップ教育と実践」

          科学技術イノベーション研究科教授 (くつ)  ()  憲  治

 私はこれまで経営学研究科に所属していましたが、神戸大学が2016年4月に新たに設立した科学技術イノベーション研究科で、理系の大学院生に対してアントレプレナーシップ(企業家精神、企業家活動)教育と実践の場を提供するプログラムに関わることになりました。この新しく設立された研究科は、科学技術のシーズを基礎に、アントレプレナーシップを通じたイノベーションの創出、そしてそのイノベーション創出の担い手であるイノベーターの輩出を目的にしています。低迷するわが国の国際競争力を高めるためには、イノベーションを創出していく必要があり、国の提言等においても「日本を世界で最もイノベーションに適した国に創り上げる」としています。産業界からも、先端的な基礎研究や自由な発想を事業化に結び付け、イノベーションを自ら創出できる力を持った文理融合人材が強く求められています。しかし、そのような人材は極めて少数で、結果としてわが国の大学における科学技術研究の成果の多くは研究室レベルにとどまって、その先の段階である事業化までは至らず、成果が社会からは見えづらい状況にあります。この課題の解決のために、先端科学技術の研究開発能力とその学術的成果をベースに、知的財産化、生産技術の確立、市場開拓までの事業化プロセスをデザインできる、アントレプレナーシップを兼ね備えた文理融合人材を養成することが今まさに求められています。

 科学技術シーズを基礎とするアントレプレナーシップは、科学技術アントレプレナーシップと呼ばれますが、先端科学技術領域のビジネスの立ち上げや経営に必要な「ヒト(経営チームの組成やインセンティブの設計)」、「モノ(ターゲット顧客の設定や製品・サービスの設計などのビジネスモデル)」、「カネ(多額のリスクキャピタルの調達とリスクのコントロールや出口戦略)」が三位一体となって展開されなければなりません。経営学の中心的な研究対象であるこれら3つの要素を、世界レベルの先端科学技術の研究成果と高度なレベルで融合させることができなければ、科学技術を基礎とするアントレプレナーの輩出は期待できません。こうした状況を踏まえ、ヒト・モノ・カネの3つの領域を包含したアントレプレナーシップに関する研究・教育・実践を進展させ、イノベーション創出のための科学技術アントレプレナーシップとして統合することが新研究科のアントレプレナーシップ教育の目的です。

 こうした目的のために、科学技術イノベーション研究科では、毎週月曜日はアントレプレナーシップ関連の科目を履修することが学生に義務づけられます。こうした教育プログラムを通じて、文理融合のメリットを活かし、先端科学技術分野のシーズを基にして、グローバルな視点で競争力のある事業創造を行える理系人材(理系出身の戦略的企業家)の養成を目指します。事業創造の成功は、それを勝ち取る強い情熱と、冷静で合理的な戦略の両方が備わってこそ可能になります。最小のリスクで最大のリターンを実現するためには、事業創造の車の両輪である「事業戦略(Strategy)」と「財務戦略(Finance)」、そして先端テクノロジーを事業化するにあたって不可欠な「知財戦略(IP rights)」を、理論と実践の両面からしっかり使いこなす能力が必要です。科学技術イノベーション研究科のアントレプレナーシップ教育プログラムを通じて、いかにすれば事業創造の成功確率を飛躍的に向上させることができるのか、その方程式を習得します。

 科学技術イノベーション研究科の教育プログラムにおいて、アントレプレナーシップ講座のプログラムは大きく4つのテーマに分けて構成しています。①アントレプレナーシップ(アントレプレナーシップ入門、起業とベンチャー経営)、②事業戦略(ベンチャー企業の事業戦略、ベンチャー企業のイノベーション戦略)、③財務戦略(コーポレートファイナンス、アントレプレナーファイナンス)、④知財戦略(アントレプレナーシップと法、知的財産法実務)の4つです。それら4つの領域は、初級の内容と少し発展的な内容の2つの科目でそれぞれ構成しています。括弧内の前者が初級科目、後者が発展科目となっています。合計8科目になりますが、これらの知識を1年かけて習得します。

 しかし、それだけでは実践的応用力は身につきません。そこで、科学技術アントレプレナーシップ・プロジェクト研究を通じて、実践的応用力を養います。ここでは、受講生が有する、もしくは獲得しようと努めている先端科学技術分野の研究テーマを題材に、事業化のシーズやアイデアを発掘し、それらを実際の先端テクノロジー領域のベンチャー企業の事業創造プランに具体的に結びつけるための実践的応用力(ビジネスモデル、ビジネスプランの実践的な立案ノウハウなど)を習得します。

 具体的には、1年次後期においては、まずビジネスプランを立案する基本的なプロセスを学び、その後に、現実の先端テクノロジー関連ベンチャー企業のビジネスプランをケースとして取り上げ、より実践的なビジネスモデル、ビジネスプランの立案ノウハウを習得します。併せて、グループワークによりビジネスプランの模擬的な立案も行います。2年次前期においては、受講者が各人別に設定した先端科学技術分野の研究テーマを題材にして、それらを事業化するためのビジネスプランを実際に作成することで、科学技術を事業化する実力のレベルアップを図ります。教員は、作成されるビジネスプラン自体およびその作成プロセスが、受講者各人の修士論文の作成プロセスに寄与するよう、ゼミナール形式にて丁寧に指導を行います。また全体をとおして、科学技術、アントレプレナーシップ、ストラテジー、ファイナンス、知的財産権など文理融合の多角的な視点からの指導に力点を置きます。

 最後に、科学技術イノベーション研究科の取り組みに関連して、アントレプレナーシップを通じた科学技術イノベーションの創出を支援する目的のために、2016年1月に株式会社科学技術アントレプレナーシップを設立しました。同会社はまさに「シード・アクセラレーター」として活動し、創業期のベンチャー企業に対して株式との引き換えによる資金提供を行うだけでなく、事業計画書の作成支援等を含む事業立ち上げに関する具体的な指導・助言等を行います。神戸大学から生まれた研究成果の事業化を行うベンチャー企業の立ち上げにシードマネーの一部を提供し、科学技術イノベーション研究科と連携して創業期における手厚いハンズオン支援を行います。ベンチャー企業に対して、会社設立や市場調査、事業計画書作成等の費用の一部を出資(ベンチャー企業1社あたり500万円程度を想定)という形態で提供しつつ、取締役やアドバイザーとして関与する教員株主と外部から参画する専門家の知見を活かし、科学技術やアントレプレナーシップ、事業戦略、財務戦略、知財戦略などの総合的視点から手厚くハンズオン支援(インキュベーション)することで、早期に外部のベンチャーキャピタルや事業会社からの本格的な資金調達を可能とすることができると思っています。

 ベンチャー企業が創造した価値の一部は、当該ベンチャー企業から株式会社科学技術アントレプレナーシップへの配当もしくは、当該ベンチャー企業株式の売却によるキャピタルゲインとして還元され、一般社団法人神戸大学科学技術アントレプレナーシップ基金へは、株式会社科学技術アントレプレナーシップからの配当によって還元されます。こうした取り組みが成功すれば、神戸大学は基金からの寄付によってベンチャー企業の価値の一部を回収し、新たな研究や事業創造に還元できます。神戸大学から多くのイノベーションが生まれ、「神戸大学はイノベーションとアントレプレナーシップに溢れる大学」であるという評価につながればと思っています。

 

 

忽那憲治

1964年愛媛県生まれ。1994年大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了。博士(商学)。2005年神戸大学大学院経営学研究科教授。2016年4月より科学技術イノベーション研究科教授就任。

専門は、アントレプレナーファイナンス、アントレプレナーシップ、ビジネスプランニングとリスク分析、中小企業金融。Journal of FinanceJournal of Financial EconomicsReview of Financial StudiesJournal of Banking and Financeなどの海外トップジャーナルに論文多数。