凌霜第395号 2012年10月30日

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凌霜三九五号目次

◆巻頭エッセー グローバル化への対応 福島 幹雄
◆母校通信                   田中 康秀
◆六甲台だより                 吉井 昌彦
◆凌霜俳壇  凌霜歌壇
◆本部事務局だより
 国内外の支部・連絡先、拠点調査
 7月31日現在の会員数 事務局への寄付者ご芳名
 新入準会員
◆(公財)六甲台後援会だより(30)  後援会事務局
◆学園の窓
 新たな経済学教育・研究の課題       吉井 昌彦
 法科大学院教育雑感             大塚 裕史
 ジャワハルラール・ネルー大学での在外研究
                           佐藤 隆広
 資料収集の中での出会い          平野 恭平
◆大学文書史料室から(4)          野邑 理栄子
◆学生の活動から
 七夕祭の軌跡                 加藤 快
 平成24年度 第33回神戸大学六甲祭ご案内
                          鈴木 優介
◆六甲台就職情報センター NOW
 六甲台の変貌と学生への提言        和田 豊
◆大阪市「御堂筋彫刻ストリート」       湯浅 富一
◆瀬戸内海を世界に売り込もう!       上川 庄二郎
◆出光佐三翁を支えた風流人         富田 英孝
◆リレー・随想ひろば
 "おくて"ばんざい                平木 幹夫
 法学部のあり方を考える            福永 有利
 遍路・ジョギング・第九合唱
 そして坐禅                  山内 庸行
 日本のロシア観、ロシアの日本観      植村 憲嗣
 本学の大学院の魅力と課題について    豊島 裕樹
◆表紙のことば 「ある路地裏」        平岡 巖
◆支部通信 東京、大阪、京滋、神戸、広島、愛媛県
◆メルマガ「凌霜ビジネス」ヘッドライン     柿  聰
◆神戸大学ニュースネット委員会OB会

(抜粋記事)
巻頭エッセー
◆グローバル化への対応
                     昭43経 福  島  幹  雄
                      (JFE商事株式会社社長)
 今春、神戸市のさる造船所で最後の商船の進水式が執り行われた。同所は、1世紀以上の歴史を持つ我が国有数の造船所の一つであるが、世界的な船舶過剰と昨今の円高を背景に、中国や韓国造船業との激しい競争の結果、この度、この造船所における商船の建造事業に終止符が打たれた。さぞかし苦渋の決断であったに違いない。
 今、日本の製造業が苦戦している。超円高や資源価格の高騰、福島原発事故と原子力政策の破綻がもたらす電力価格の引き上げ、高い法人税、FTA(自由貿易協定)交渉の遅れなどの問題が、我が国製造業に致命的とも言える打撃を与えている。日本造船工業会によれば、昨年の新規造船受注高は、韓国が2、520万総トン、中国が1、544万総トンに対し、日本は771万総トンに止まっており、18年ぶりの低水準ということである。船舶の契約は殆どがドル建てのため、ここ5年間で5割近くも円高に振れている現在の為替水準では、競争の激しい船種を主体とする造船メーカーでは、受注残ゼロの悪夢が現実化しつつあるようだ。
 厳しい状況は、自動車、電機、鉄鋼などの製造業においても同様である。2012年3月期決算で、大手電機メーカーが巨額赤字を計上したことや高炉メーカーの収益が大幅に減少したことは記憶に新しいが、自動車業界においても、国内業績を表していると思われる単体の営業損益が、大手三社合計で6、000億円を超える赤字に陥っているとの報道があった。このように、想像を超えた円高影響や他国の製造業の急激な追い上げで、大企業から中小企業にいたるまで、およそ一般的な製品を日本国内で製造し輸出するビジネスモデルは、今や完全に立ち行かなくなってしまったと言えるだろう。
 これまでも大きな問題がなかった訳ではない。事実、二度のオイルショック、プラザ合意後の急激な円高、バブル崩壊と失われた10年など、その時々において克服するべき難題・課題が幾つもあった。しかし、いずれも先人達の努力と決断により、結果的に多くの犠牲を払いはしたが、何とか乗り越えてくることが出来たという実感がある。しかし、今回はこれまでとは明らかに様相が異なっているようだ。
 確認しておくべきは、21世紀に入って世界が劇変したということである。経済を支える代表的基礎資材である鉄鋼の動向を見ると、1999年までのおよそ30年間にわたり、世界の粗鋼生産量は7億トン台に止まっていた。ところが、2000年以降急激に拡大を始め、驚くべきことに2011年にはなんと15億トンを超えてしまった。この原因は、中国をはじめとした新興国経済の急激な膨張であり、さらにそれが資源・エネルギー価格の高騰を引き起こした。一方、米国ではサブプライムローン問題が発端となって住宅バブル・金融バブルが崩壊し、その後のリーマン・ショックという大恐慌一歩手前の状況まで引き起こしている。ヨーロッパにおいては、一部諸国の放漫財政や住宅バブルの崩壊がきっかけとなり、ユーロが抱える制度的・構造的な問題が顕在化し、現在深刻な金融危機が続いている。
 このように、21世紀に入り、世界経済は量的にも質的にも急激かつ大きく変化したのである。これに呼応して、あらゆる市場が変化し、拡大し、そしてグローバル化した。この大きな経済および市場変動の渦の中で、飲み込まれ消えていく企業がある一方、新しいマーケットに素早く適応した幾つかの企業の中には、現在驚くほどの好業績を上げているものがある。新たな価値を生み出し、自ら市場を創出したと言われるアップル、極めて短期間にEMSの世界的企業に成長した台湾のホンハイ(鴻海)、選択と集中で瞬く間に世界のテレビ市場を席捲した韓国サムスンなどが好例だろう。
 翻って日本の製造業である。現在、六重苦とも言われる環境に苦しむ我が国製造業は、どうしたら未来に望みをつなぐことができるのだろうか。足元の状況は相変わらず良くない。内需に期待できないばかりか、頼みの海外も苦しい。欧州の金融不安は収まらないし、中国をはじめとした新興国経済の不安も増している。中近東や北朝鮮問題が、時として世界経済に大きなマイナスを与える可能性もある。しかし、それでもなお、世界全体としてみれば成長は持続し、中長期的にアジアをはじめとした新興地域の成長は著しい...というのが大方の見方だろう。そうであれば、我が国製造業としては、海外市場の成長エネルギーを我が身の中に取り込み、消化し、それを新たな糧として生きていく以外にないのではないか。
 そのために成すべきは更なる海外展開の加速だと思われる。種々の展開方法が考えられ、それを決断するためには、国内外の明確な棲み分け戦略の確立、自社のどの強み(例えば技術力やマーケット開拓力)をベースに海外展開するのか、リスクを考慮した上での採算性など、検討しなければならない課題は多く、慎重な判断が求められる。一方、事ここに至ると、スピーディーな経営的決断も必要になってくる。目を世界に向けてみると、至る所に韓国企業が進出し、存在感を増しているのに驚くことがあるが、国内需要の少ない彼らが、我々よりずっと早くからグローバル市場の中で厳しい戦いを生き抜いてきていることを認識させられる。他山の石とすべきではないだろうか。
 私は、現在鉄鋼専門商社のトップを務めているが、当社にとっての最重要課題も製造業と同じく海外展開を加速させることである。幸いなことに、これまで長年にわたり我が国の代表的な製造業であるお客様と、緊密なお取引をさせて頂いてきた関係で、多少のノウハウは蓄えてきた。例えば、自動車・電機業界などでは、当初は、ノックダウン生産方式による海外展開が主流だったが、現在では部品などの現地調達比率を大幅に上げてきているため、当社もこれらの動きに合わせ、鉄鋼の流通・加工センターの海外展開を加速させてきた。グローバル化をある程度進めてきたとも言えるが、取引先の大半が日系の現地企業であったり、これまで日本製鋼材に対するニーズが高かったこともあり、結果的に日本的ビジネスと日本的サプライチェーンが、そのまま海外に移植されたと言うのが実情である。その結果、日本的ビジネスに起因するコスト(多くは円ベース)が固定化してしまい、現在の超円高に直面して、大幅な競争力の低下を許してしまっている。
 私どもは、円高の改善を願いつつも、現在のような状況を看過しているわけにはいかない。そのためには、もう一度原点に立ち返り、グローバル化した市場が要求するものは何か、それに適応していくためには、何を変え、何を諦めなければならないかを真摯に考える必要がある。市場のグローバル化の裏側にあるものは、まずは徹底したローカル化であり、その意味で経営戦略にとってグローバル化とローカル化は表裏一体の関係にある。従って、グローバル化への対応には、日本を基点とするサプライチェーンや日本的発想にとらわれることなく、いかに地域の実情に応じた戦略を―言葉を変えればグローバル戦略を―海外現地の視点に立って策定することができるかどうかが大きな鍵を握っていると言える。私どもが「海外地域戦略の策定強化」を喫緊の課題としているのは、そのように考えたからに他ならない。
 当社は、グローバル化対応のために、今後も更に海外拠点数を増加させ、拠点機能も強化していくつもりであるが、これらを実現していくための最大の要素は、一も二もなく人材である。正直に言えば商社である私どもであっても、グローバルに活躍できる人材が必ずしも多くいるわけではない。英語を話せる人が必ずしもグローバルな人材ではない。日本的発想を超えて海外現地の目線で「地域戦略」を策定できる人材、そしてそれを実現に結びつける実行力のある人材が欲しい。
 同時に、現地人スタッフの育成も急務である。日本人と同じように会社に対してロイヤリティーを持ちつつ、地域のことを熟知し戦略が練れる現地人スタッフの育成である。国内外で必死に人材育成に取り組んでいくが、グローバル化に順応できる学生を育成する大学教育にも大いに期待している。

筆者略歴
1968年神戸大学経済学部卒業。同年、川崎製鉄株式会社入社。2003年JFEスチール株式会社発足。2005年同社副社長就任。2007年から現職。